軍師とは?

私たちは軍師人材を輩出し、その軍師力を社会に広め、人や組織がお互いの価値を高めあい、引き出し合い、磨き合い、成長と幸福が湧き出る社会の実現を目指しています。

軍師の存在感が増す時代

では、「軍師」とは、そもそもどんな存在なのでしょうか?

例えば、辞書による定義では、以下のように説明されています(福武国語辞典:株式会社ベネッセコーポレーション発行より)。

1.大将のもとで戦術をめぐらす人。類義語:参謀
2.(ひゆ的に)じょうずに計略を考えめぐらす人。

なんとなく、何をするのか・・・という行動の一部については説明されていますが、この辞書的な説明だけでは具体的なイメージが浮かびにくいでしょう。

そこで、イメージを膨らませていただくために、軍師として名高い歴史上の人物を挙げてみます。例えば、NHK大河ドラマでも話題の黒田官兵衛、竹中半兵衛、数々の小説の中に登場してきた中国三国時代の諸葛亮(孔明)。彼らがどんな時代背景の中で、何を考え、どんな行動をとり、何を成し遂げたのか・・・。歴史に詳しい方であれば、そこから人間としての「軍師像」、歴史の中で果たした役割や彼らの存在意義についてのイメージが浮かび上がってくるかもしれません。

もちろん、彼らの本当の性格、能力、価値観や実績については、諸説が存在しています。歴史の素人がその分析をすることは極めて難しいものがあります。小説その他のイメージに引っ張られてしまいますし、面白さやドラマ性を強調するための架空のストーリー、歴史の中で政治的に生み出された創作も混在している中で軍師像が描かれているわけです。そこで、厳格な史実に基づく分析を行うことは不可能です。

ただし、小説であろうと、創作話であろうと、人が描き、極めて長い期間に渡って語り継がれているものの中には、「人が考え、動き、何かを成し遂げようとするときに現れる壁」「悩み、苦しみ、迷うときに、それらを打破するために必要なもの」が普遍の真理を辿るが如く、描かれているものです。特に、軍師が必要とされ、軍師が活躍したことを題材とした小説とは、社会を生き抜く難しさ、人の欲求・本能がぶつかり合う時代背景のもとで描かれています。その意味では十分に参考になります。さらに言えば、厳しく、激しく、誰もが悩み苦しむ時代を描くとき、「軍師」という存在が必然のごとく浮かび上がってくるという見方も可能かもしれません。

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今こそ「軍師」が必要では?

さて、ここからは私たち「軍師アカデミー」の認識です。

先の歴史上の人物が命がけで生きぬいた時代と現代は全く異なります。生死をかけるという言葉の意味さえも異なるでしょう。敗北=死を意味しかねない時代と、命まではそう簡単に奪われない時代とでは、ひとつひとつの重みも異なります。

しかし、人間の本質はそう簡単に変わるものではなく、その思考・行動の基本構造には普遍的なものがあると私たちは考えます。

例えば、人は何らかの情報を知覚し、その意味を理解し、判断して行動します。そのプロセスにおいて、的確に情報をとらえ、本質的な意味を掴み取り、適切な基準に基づいて行動を積み重ねていくことができれば、物事がうまくいく確率はとても高くなるでしょう。しかし、それがとても難しいわけです。

インターネットの発達により、今の世の中には情報が溢れだしています。誰でもがその情報にアクセスできますし、誰でも手軽に情報を発信できる時代です。このことが、私たちの行動の出発点となるかもしれない「情報の知覚」段階をとても難しくしています。溢れかえる情報は今や「情報洪水」と言っても過言ではない規模と化しています。しかも、その情報が本物なのかどうかの峻別はなされておらず、無秩序に溢れ出してきます。別の見方をすれば、まやかしの情報が本物を覆い尽くしてしまい、本物の情報に簡単にはアクセスできない時代です。あるいは、ひとつの情報をかみ砕き、その本当の意味を咀嚼する余裕がないままに、次から次へと新しい情報が飛び込んできて明らかな消化不良になってしまうことも常態化している時代です。こうした環境は、人から「考える余裕」を奪い、考える力を養う機会を消滅させ、鍛えられない理解力に対して許容量を越えた情報が襲い掛かるという悪循環を生む危険性があります。

一方で、そうした情報をもとに判断する際の基準も決めにくい社会です。時代の変化のスピードは極めて早く、「今見えていること」に基づく判断をして行動すると、あっという間に環境が変化してしまい、取り返しのつかないことが発生します。企業経営で言えば、「生産が追い付かないから」「流行しているから」「融資が受けられるから」「補助金が出たから」と目先の人参に飛びついた投資を行ったけれども、あっという間に環境が変わってしまい、残ったのは借金や重い固定費のみという話は珍しくありません。かつて、ほんの一時期だけ成立した高度成長期と今の時代は全く異なります。人口減少、複雑なグローバル取引、世界経済・政治の影響・・・何か1つの正解が長続きする時代ではなく、常に状況を見極めながら、将来を見据えた柔軟な打ち手を繰り出さなければ、生き抜いていけない時代に入っています。

豊かな社会が実現している現代という見方も否定しません。しかし、今後も豊かに幸せな社会を生み出し、自らその果実を獲得できる生き方をするためには、従来以上に情報を見抜く目を養い、柔軟な判断と行動を積み重ねることが求められる時代になったという前提に私たちは立っています。

大変な時代です。情報が氾濫し、錯綜する時代の中で、本当に必要なものを選び出し、その本質を掴み取る。しかも、立ち位置や方向性によって、その最適解は全て異なります。今何が必要であって、それは自らにとってどんな意味があるのかを自らの責任と覚悟で決定し、進むことが求められます。当然、いろいろな選択肢があるでしょうし、その利害関係者からそれぞれの意見も届くでしょう。経営者等、責任ある立場にある方であれば、プレッシャーも大きいでしょう。いえ、そうした特殊な仕事に就かれていなくとも、家族へのプレッシャーや、自分自身の中でも葛藤もあることでしょう。不透明や不確かな物事への判断は決して容易ではありません。

だからこそ、軍師が大切な役割を果たさなければなりません。軍師としての力を磨き、目の前の人や組織が厳しい時代を生き抜き、幸せを生み出すプロセスの中でその力を発揮しなければなりません。

戦国の世とは意味合いが異なるものの、今まさに、変化・不透明な時代において、未来を切り拓かんとする人や組織にとって、高度な知恵とともに、自らの可能性を最大化させる形でのサポートをしてくれる軍師。その存在が求められる時代がやってきました。

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