軍師ピックアップ 
DOORS PRODUCE 代表
中山 美佐子 【一般社団法人軍師アカデミー認定 軍師®1級】

コミュニケーションを鍵として扉を開ける軍師 01

きっかけがつかめない

「事業承継にも、リレーの助走期間のように準備期間、バトンの受け渡しをしっかりと行う時間が必要です」

「それは承知している…」

そう、経営者も後継者もそんなことはわかっている。でも、言い出せずに後まわしになってしまう。中山はそんな場面に何度も遭遇してきた。

ある若手後継者はその気持ちについて、こう語った。

「親父から切り出してくれないだろうか。自分から(事業承継の話題を)切り出すのは、親父を追い出すようで言いづらい」

そして、経営者は「(後継者は)まだまだ頼りない」と一言。
事業承継の現場では、経営者と後継者の双方が相手の出方を見ている。どちらも事業承継が大切なことだとは重々わかっている。だけど、話を切り出せない。お互いの思いが行き違い、時間だけが過ぎていく。事業承継で自然発生する現象の1つだ。「いつやるの?今でしょ!」と他人が言うことは簡単だが、現実の世界は簡単ではない。経営者と後継者が「何も話さず、何もしない」状態の背景には、さまざまな思いが交錯している。その思いを解きほぐさない限り、彼らは動き出すことができないのだ。

創業者にとっての「自分が創った会社」。それがいかに大切なものであるか…幼い頃から親の背中を見てきた後継者には痛いほどわかっている。その親に「事業承継」の話をすることは引退勧告を意味するのではないか?仕事に生きてきた親に対してそんなことはできない・・・そんな思いが強く、何も言いだすことができないという心優しき後継者も少なくない。

多くの後継者たちと接してきた中山は、そんな後継者たちの優しさを感じることが多い。ある後継者は中山にこう語った。

「会社や社員に必要とされなくなったら・・・父親が本当に弱ってしまうのではないでしょうか。そんなことを考えると、引退してくれとは言えません」

この優しさと親子の絆。中山はそのあたたかさを感じて嬉しくなる一方で、その気持ちが現場にかみ合っていないことも感じたという。この優しさに根差す配慮が時として誤解を生んでいるのではないか?「言うべきことを言わず、踏み込むべき時に踏み込まない、おとなしすぎる後継者」「まだまだ経営を任せられない存在」だと。

また、ある後継者は、ある種の覚悟を抱いた眼差しで中山を見つめ、こう言い切った。
「社会への承継をするのは、親父がいなくなってからです」
「社会への承継」とは軍師用語であり、事実上の廃業を意味する。この若き後継者は、先代の借金と家業を自分の代で終わらせる覚悟を、たった一人で黙って背負っていたのだ。
中山は、こうした後継者の心に触れるたび、その気持ちに自身の心が震える感覚を覚えつつも、軍師として冷静な分析を行い「開けるべき扉」を発見する。そして、コミュニケーションという鍵をその扉に差し込み、慎重にまわしていく。そして、絡み合った思いが解きほぐされ、全ての関係者の思いが「考えられる最善」に向かう1つのベクトルとして動き出すのだ。

会場がシンとなった

この日、中山はある勉強会会場で講師兼ファシリテーターを務めていた。ある大手企業の関係会社グループ会が主催する自主勉強会だ。参加しているのは各関係会社の経営者世代と後継者世代。実は、両世代が一堂に会して勉強会をすることは極めて珍しいのだが、この日は中山の提案により親子世代が揃っての勉強会として実施されたのだ。

勉強会のテーマは「コミュニケーションからの成功」。会場には、♥や♠といったトランプマークが飛び交っている。サブパーソナリティ・トランプ(SPトランプ)と呼ばれる道具で、中山が様々な場面で使いこなす得意技の1つである。各カードには自分自身のパーソナリティを探る鍵が隠され、ワークの中で自分自身の特徴を見つけ出していく技術である。

まず、親子は別々のグループに分かれてもらい、各人に一個ずつ用意したトランプセットの中から、自分の中に存在するパーソナリティのカードを10枚選んでもらう。そして、その10枚のカードを使ってそれぞれに自己紹介をしてもらったところで事件(?)は起きた。

一人の父親のほうが待ち切れずに、「息子の(選んだカード)を見てくる!」と動きだし、息子も父親のカードを見に行った。すると、周囲のメンバーも席を立ち、興味深げに両方のカードを見に行ったのだ。

「まぁーったく違うじゃないかっ!全然違う」

息子が選んだ自身のパーソナリティのカードは、自分のそれとは似ても似つかないカードだったのだ。驚き、叫び、絶句する父親。そのとき、中山は静かに息子に尋ねた。

「お父さんの性格や行動や、たとえば経営に対しての考え方などが理解できないということはありますか?後継者としてどう思っていますか?」

すると、息子はあらたまった様子で答えてくれた。

「親父のことは、尊敬していますよ。考え方も価値観も行動も、理解できます。でも・・・私は親父とは同じにはできない。同じことをしても親父と同じように成功するとは思わない。私は、私のやり方で、継いだ後は、やっていこうと思っています」

シンとなる会場。現社長である父親が、専務として事業承継を迎えようとする息子の顔をまばたきもせずに、見つめていた。二人の間の「扉」が開いた瞬間だ。中山は、その開かれた扉から流れ込む風を共有し、一息おいてから、落ち着いた調子で言った。

「社長(父親)は、直感型で思い切りのいいハート♥傾向のタイプ。専務(息子)は、論理的で慎重なクラブ♣傾向のタイプ。真逆のタイプですものね。同じ経営スタイルにはならないでしょう。ハートタイプだからお父さんは創業する決断ができたとも言えるかもしれません。でもさすが冷静なクラブタイプ。お父さんのことを理解した上で、自分が経営者ならどうするか、をすでに考え始めている、ということですね」

「そうですね、少しずつですが・・・」

息子の顔と、彼の前に並んだトランプのカード(その色も言葉も自分が選んだカードとは違う一連のそれ)とを、ゆっくりと交互に見ていた社長が、もう一度息子をじっと見た。そして、「そうか」と言った。
「そうか。そうか~!初めて聞いた、そんな言葉。そうかぁ、そうか。あっはっは!」と豪快に嬉しそうに笑い、会場に自然と拍手が起こった。

勉強会会場のホテルを出たとき、中山の目には、この親子がスーツ姿の肩を並べて仲良く話しながら歩いている後姿が映った。父親が首を息子のほうに傾け、何か話しかける。息子は背の高さを合わせるように、父親のほうに少し上半身を折って話を聴き、何かを答えている。「仲のいい親子だな」と思わせる光景だが、実は、親子でそこまで話したのは初めてだったらしい。

この日、二人は一緒に自宅まで歩く道のりで、初めて事業承継について話したのだ。二人の性格や考え方があまり似ていないことはお互いにわかっていたが、どう違うのか、なぜ違うのかがわからずに、お互いが話しづらかった。それでも息子は現社長の父親を理解し尊敬していたということを、この日、父は知った。そして何より、事業承継について息子の口から後継者としてどう思っているのかを、初めて聴けたのだ。
中山のもとには、この年、全国組織であるこの団体の地区や支部から、勉強会講師の依頼が続いた。そして、テーマを毎回替えながら現在も継続して勉強会は続いている。

中山は、SPトランプの切り口を織り交ぜながら語ってくれた。

「創業者には、決断が速くてボスタイプのスペード傾向の強い人か、可能性に賭けるポジティブなハート傾向の強い人が多い。だが、そのご子息には、安定志向の強いダイヤ傾向や、慎重なクラブ傾向の人が少なくない。そのため、後継者時代を次期経営者としての経験というよりも、職人としてまたは社員の一人として過ごしがちな傾向がある」

「スペード傾向の強い経営者は、短気で負けず嫌い。ハート傾向の強い経営者は、自分以外の人に花を持たせるのが苦手。そのために、後継者に自分の立場を譲るのが後回しになりがちだ」

もちろん事業承継には、単純にパターンでは解説しきれない個々の問題も存在する。中山自身、『事業承継の方法は、先代と後継者の組合せの数だけある』とパターン化の危険性に警鐘を鳴らす。ただし、SPトランプの切り口でアプローチした場合においても、4つのタイプの先代と、4つのタイプの後継者の組合せは、単純に見積もるだけで16パターンあり、それぞれの組合せで起こりがちな問題や、逆に良い部分について考えることが、自らにとっての事業承継問題を考え、進めるキッカケになるという。

勉強会や講座を「自分たちの事業承継」のあり方を二人で一緒に考えるきっかけとしてほしい!という思いを抱き、中山は講演や研修を続けている。

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