2014年4月、一般社団法人軍師アカデミーが動き始めまし た。その動きをリードし、支える中心組織「組織運営推進委 員会」メンバーが第1回委員会開始前に語り合った座談会 の様子をお届けします。軍師アカデミー事業立ち上げ時から 切磋琢磨し合い、動いてきた面々はそれぞれに個性豊かな 軍師の顔を見せながら研鑽と実践を積み重ねています。
(座談会実施日:2014年4月25日)

座談会参加者

 神崎 充 【当法人代表理事 / 理事長】 プロフィール
 大島 康義【当法人専務理事 / 軍師会会長】プロフィール
 國弘 隆子【(有)Office Creation 代表取締役】 プロフィール
 川路 隆志【(株)えんのした 代表取締役】プロフィール
 大川原 基剛【(株)後継者の学校 代表取締役】プロフィール

軍師アカデミー 特集記事
お互いを高めあい、成長と幸福の連鎖を巻き起こす未来へ

自然な流れの中で社団法人化。その器に潰されない中身が備わった。

神崎 軍師アカデミー事業の構想具現化を決断したのは2009年秋。大島さんと私が二人組コンサルティングユニット「後継者の軍師」として山形に向かう道中でしたね。あの当時、大島さんと私は毎年の恒例行事のように山形の経営支援機関さん主催の後継者塾で講師を務め、多くの後継者の方々への個別アドバイスを行っていました。

大島 ええ、当時、後継者の意識・知識・行動の全てに働きかける軍師流メソッドへの反響は非常に大きく、遠方にもかかわらず主催者の方が熱意をもって私たちに依頼してくださっていました。午前中に移動し、昼から夜まで講義したうえで翌日も早朝から講義といった強引なスケジュールで実施したこともありました。主催者の方も参加者の方も私たちも大変でしたが、その熱意は心地よく、手ごたえのある仕事をさせていただきました。それは山形に限ったことではなく、全国各地からお声掛けをいただき、充実感が増していた時期でしたね。

神崎 私たち二人がそれなりの収入を得て、毎日楽しく仕事を続けるためであれば、あの延長線上で「後継者の軍師」の手法を二人だけでレベルアップさせ、各地で展開していけば良かったかもしれません。でも、それでは満足できませんでした。いえ、満足どころか、自分が忙しくなり、ある意味で充実しているような状況になればなるほど、疑問が湧いてくるわけです。「これでいいのか?」「自分たちがオンリーワンであることって、社会的にはどうだろう?世の中に必要なことならば、もっと広めるべきじゃないのか?」といった具合に(笑)。

大島 確かに世の中のことを思えば、役に立つ視点、技術、手法を誰かが独占することは好ましくない面があります。人類の歴史的に見ても、技術や手法はオープンにされることで、いろいろな人が活用し、磨き上げるからこそ発展しています。この領域でも同じことが言えるのかもしれません。

神崎 私もそう考えました。そして「私にとっての仕事ってなんだろうか?」という原点に戻りました。仕事には、いろいろな側面があります。生活の糧を得ることはもちろん、自己実現の形という面もあります。多面的で奥深いものです。一言で表現できるようなものではないのですが、私自身にとっての究極の目標を1点挙げるとするならば、「自分自身が頑張ったから世の中に生まれたと思える価値を生み出し、その価値を自分がいなくなっても構わない形で世の中に残す」ということがあります。その原点を思い返した時、動き始めたばかりの「後継者の軍師」という動きを社会的なものへと成長させ、自律的に発展していく流れをつくらなければならないという思いを抑えきれなくなりました。もちろん、そのためには自らがリスクテイクし、勇気をもって踏み出さなければなりません。

大島 その仕事観は、一緒に仕事を始めた頃から変わりませんね。

神崎 はい。だから、二人でつくってきた「後継者の軍師」のノウハウもオープンにしてしまい、多くの人と共有することでレベルアップを図ろうと。共有できる仲間が増えれば、私たちも磨かれるし、軍師のノウハウも必ずレベルアップします。継続すれば、いつか私たちの手を離れて、良い意味で勝手に歩き始めます。もちろん、ただ単にオープンにしただけでは真意は伝わりませんし、興味本位の動きに価値を壊されてしまうかもしれません。
 世の中の技術の多くには、その姿を適正に保ちつつ発達するための仕組みが合わさっているように、私たちにも質を確保し、高い次元での発展を目指すための仕掛けが不可欠です。その仕掛けそのものをつくることに挑戦し、世の中に残したいと考えました。そして、大島さんもそのことに賛同してくださいました。

大島 もともと神崎さんの考え方には共感していました。私たちが歩んできたキャリアは全く異なります。考え方の背景も異なります。しかし、行き着いたところは同じだったのではないでしょうか。
 私の場合は、自らの後継者体験の中で得た知恵を少しでも社会に役立てたい、その価値を最大化させ、(倒産体験によって)一度は心身ともに疲弊していた自分の人生に意味づけし、納得できるキャリア(人生)を再構築したいという思いが仕事の原点です。かつて七転八倒を繰り返した私とよく似た後継者が世の中にはたくさん存在します。転がり始める予備軍まで含めると無数に存在していると言っても過言ではないでしょう。一人でも多く、そして一分一秒でも早く、そんな後継者たちに伝えたいことがあります。しかし、自分一人にできることには限界があります。では、どうすればいいのだろうか? そのことを突き詰めて考えた時、自分が一人の専門家として頑張るだけでなく、個人の力の限界を越えた形で、100年先も成長し続ける仕組みをつくりだせないか?という思いに至りました。
 その中で生まれたのがアカデミー事業の構想です。実は、私と神崎さんがアカデミーの構想の原点について話し合ったのは、2009年よりもずっと前でしたよね。私の手元には、当時、神崎さんと打ち合わせをしたときのメモが残っているのですが、結果的に、今行っていることはその当時に描いていたスキームと大差ありません。ある意味、驚きます(笑)。あの日、山形に向かう道中で話したことはもちろん、今やっていることは急な思いつきではなく、時間をかけて積み上げてきたことでした。

神崎 二人は、出身大学こそ同じですが、生まれ育った環境も、歩んできたキャリアも、性格も能力も価値観も異なります。しかし、仕事を通じて「自分たちだけで完結するものではなく、周囲に拡がり、長く続き、自分たちがいなくなった後も価値を生み出し続けるものを残したい」という点で一致していました。だからこそ、自分たちのノウハウを人と共有できる形で体系化し、その体系を共有化できる仲間を増やし、仲間たちとともにノウハウそのものも成長させ、可能性を拡大する活動」として軍師アカデミー事業が始まりました。
 そして、軍師アカデミー講座で出会った仲間たちと切磋琢磨を続け、高めあう母体として、この春、「一般社団法人軍師アカデミー」が生まれました。2010年から開始した軍師アカデミー講座で出会い、関係を積み重ねてきた140名超の仲間たちと次の段階に進むための器です。
 ここから仲間たちと掛け算式に相乗効果を生み出し、成長していきたいと思います。100年先も価値を生み出し続ける器としての社団法人化。全ては自然な流れの中で生まれた動きです。器に見合うだけの仲間が集った段階で舵を切りたいと思ってきましたが、今がまさにそのときだと確信しています。

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