日本オリーブ株式会社の社長として同社を率いる服部芳郎氏、39歳(2023年7月現在)。服部氏は軍師アカデミー2016(第8期)を修了した軍師でもある。
「オリーブ」の価値に魅せられ、その眠れる価値を引き出し、社会に伝えるために力強く邁進する服部氏。その強さは、「オリーブ」に対する「信念」から生み出されるのだろう。昨年には、その「信念」の象徴とも言える新機軸の商品展開を開始し、順調なスタートを切った。経営者として脂が乗ってきていることが周囲にも感じられるステージに入ったと言えるだろう。
しかし、今に至るまでに、実は服部氏には苦悩と葛藤の日々があったという。挫折も味わった。心が揺らいだ瞬間もあった。その日々を経たからこそ、経営者としての強さを獲得した・・・と今ならば言えるのかもしれない。
その苦しき日々を乗り越えてきた服部氏の歩みの本質を軍師視点で探るべく、今回、改めて話を伺うことができたので紹介したい。
そもそも、服部氏のプロフィールを見ると、多くの人は、順風満帆に、予定調和的に事業承継を行った「名家の後継者」の姿を推測してしまうのではないだろうか。
幼少の頃より成績優秀、望む大学・大学院を経て、世界的な機械メーカーに就職。そこでは最先端の技術開発にも携わった。32歳になるタイミングで地元岡山県牛窓に戻り、曾祖父の代から服部家当主が営む「日本オリーブ株式会社」の後継者となったわけだが、そもそも服部家は地元では知られた名家であることに相違はない。
現在の「日本オリーブ株式会社」は、牛窓の地で財をなした商家:服部家11代目当主:服部和一郎氏(服部芳郎氏の曽祖父)が戦時中に国の将来を憂い、牛窓の山にオリーブ植樹を開始したことに端を発する。同社の「牛窓オリーブ園」は瀬戸内随一の眺望で知られ、県内外から多くの人々が訪れる名所でもある。さらに、スペインにも自社農園を有し、同社のオリーブを用いた化粧品・食品等は多くの顧客に愛されてきた。
服部氏はその歴史ある名家の次期当主であり、地元の優良企業を引き継ぐ後継者として期待されてきた。周囲も地元への帰還を期待していただろうし、本人もそこに大きな疑問を持たず、32歳になるタイミングで後継者として地元に戻ったということだ。
軍師アカデミーに参加したのはその翌年。当時の服部氏は自社に戻り、取締役として経営者への歩みを開始したばかりだった。もとより学習能力が高く、時代の最先端を走る世界的企業でビジネスを学んできた服部氏だが、その要領の良さゆえに、能力のカバー領域への偏りもあれば、ハマるべくしてハマってしまう落とし穴に誘い込まれることもあった。軍師アカデミーでは「これは俺のことか?」と思ってしまう痛々しい事例にも触れ、その疑似体験から多くを学び、経営者としての自らをグレードアップさせていったという。
しかし、その学びの真価が発揮された本番は修了後のことだった。厳しい現実と向き合い、一種の挫折の中でもがく毎日の中、服部氏に宿る軍師の力が開花することになる。
当時の社長、父は、ある時期から服部氏に経営を意図的に任せ、口出しをしなくなった。服部氏の経営手腕が真価を問われる状況だ。そして、服部氏は想定を超えた業績不振に直面した。できる後継者だったはずの自分を信じられなくなり、心身ともに追いつめられる日々。自分の足元が揺さぶられ、息苦しさを感じる毎日が続いたという。
それでも服部氏はがむしゃらに頑張った。軍師アカデミーで学んだことを改めて自らに問い直し、事態を打開するべく必死に行動し、何とかしようと踏ん張った。その成果は徐々に表れ始め、数字も改善していった。しかし、改善を見せる中で「自分は何のためにこんなことをしているのか?数字のために生きるのは嫌だ」という気持ちも沸き起こってきたという。
「自分の人生は自分で創るもの」「本物の決意と覚悟が問われる」という、かつて軍師アカデミーで強調された本質的なメッセージが改めて服部氏の前に浮かび上がってきた。
服部氏は、改めて軍師の基本である「起点」に立ち戻った。
それは、自分・自社を客観視するということ。そのうえで、自分は何者なのか?自社は何者なのかを自ら定義づけする。そこから全ての創造・未来創りが始まるという、軍師独自のスキームを自らにあてはめた。
まず、服部氏は自分自身のルーツを求め、服部家の家訓を紐解いた。開かず状態になっていた蔵の奥に眠る文書を探り、読み解いた。そして、そこに先人が残してくれていたものを噛みしめた。
『耳目の慾に迷いず 成丈け古風を用ひ 開化にながれず遠き慮をなし 総てはなやかなる事を望まず 堅實なる発達を遂ぐべし』
服部家10代目当主の言葉だった。この言葉と触れたとき、服部氏に一筋の光が見え、具体的な行動が生まれたという。書かれていたのは、「科学を盲信せず歴史・文化・伝統を大切にし、そこにある本当の姿に立脚した事業を行うべし」ということ。この先人からのメッセージを噛みしめたとき、現代の当主となる自分が進むべき道が定まった。
「日本オリーブ株式会社」を率いる自分がすべきことは、現代社会で忘れられてしまっているオリーブの本当の価値を現代に伝え、広めることだと服部氏は確信した。
そこに自社の存在意義を見出し、その経営者たる自分が担うべき役割が腹落ちしたとき、自分や自社のこれまでに対しても、これからに対しても、自信を持って意味づけすることができた。
それは軍師アカデミーが最も重視する創造の起点であり、この瞬間、服部氏の中で未来への力の源泉が再構築されたのだろう。
2019年、服部氏は代表取締役社長に就任した。その後、コロナ禍を乗り越え、科学が発達する中で忘れられつつあったオリーブの価値を追究する研究を独自で進めた。そして、2022年にはその研究に基づく新機軸の事業を開始した。「捨てられていたもの」の中に存在したオリーブの価値を引き出した新機軸への反応は上々だ。
こうして振り返り、文字にするとシンプルな転換のように思われるかもしれないが、もともと「できるはずの後継者」だった服部氏にとって、挫折からの切り返しは容易ではなかったはずだ。しかし、服部氏は諦めなかった。
当時、苦悩し、葛藤しながらも可能性を探る服部氏のまわりには、相談を受けた軍師仲間がそれぞれのプロスキルをもって応援に駆け付けた。そして、その応援と期待に応え、服部氏は自分自身で未来を描く経営者となった。
オリーブの本当の価値を世の中に広めることが自分・自社の大義と言い切る服部氏。「軍師とは大切な誰かとともに未来を目指す存在だ」と私たちは定義しているが、服部氏にとっての「大切な誰か」とは、「オリーブそのもの」「オリーブのある社会」なのかもしれない。その大切なオリーブを支える軍師として自社を率いる姿こそが、服部氏らしい軍師像、軍師たる経営者像なのかもしれない。
その道はこれからも決して平たんではないはずだが、自分・自社が何者なのか?どうありたいのか?という根幹部分で信念を持つ限り、服部氏はこれからも自らの大義のもとで粘り強く、未来を切り拓き続けていくのだろう。